リーン・マネジメント専門家およびトヨタの強さの秘密(The Secret Behind the Success of Toyotaの著者である酒井崇男氏は、2018年12月にリヤドを訪れ、新たに設立されたFour Principles Kaizen Awards の式典に出席しました。酒井氏は、Opening Doorsとの特別インタビューにおいて、自身の家族とトヨタ・ウェイとの関係や、カイゼンの哲学がサウジアラビアのビジネスに成功をもたらすのにどのように役立つのか、そして第四次産業革命のアプローチとして、永続的な収益性を確保するためにあらゆる組織が実行できる重要な行動について説明しました。

Q:酒井氏の大叔父である本多光太郎博士は、トヨタが創設された当初から1950年代まで、トヨタの創業者である豊田喜一郎氏とともに働いていました。その後数十年が経過した今、トヨタ・ウェイのメッセージを伝えるのはどれほど誇らしいことですか?

約80年前、トヨタ自動車株式会社は日本の田舎の三河地域にある小さな新興企業で、豊田喜一郎氏が断念することを考えるのは至極当然でした。財務、技術、活用できる人材について困難に直面していました。技術が主な障害でした。19世紀後半から日本は西洋に追いつこうとしていましたが、未だ工業規模の生産に関する知識が不足していました。喜一郎氏は、私の大叔父で東北大学教授の本多氏に会いに行き、当時独占していたフォードやGMに日本の自動車産業が追いつけるかどうか尋ねました。豊田氏と同郷の本多博士はこう返しました。三河文化の起業家精神である「できる(can-do)」を反映し、「もちろんできますよ」と答えたのです。本多氏は個人的に喜一郎氏の事業の野望を達成させる手助けをし、また彼の同僚や学生の多くをトヨタと共に働くように送り込みました。80年以上が経った今日、トヨタの世界的な収益は2,600億米ドル、そして利益は200億米ドルにのぼっています。

トヨタは未だに、何もないところから生み出すという三河の精神を持っています。人間の創造性と知性の力を信じ、育て、社会に価値を生み出し、もたらしています。

「トヨタ・ウェイ」として知られるようになったことを背景とするカイゼンの哲学は、何世紀もの間変わることはありませんでした。これは非常に実用的で普遍的な哲学です。あらゆる産業のあらゆるビジネスに適用でき、真の価値を提供すると同時に、利益と着実な成長を生み出します。まず事実を確認し、人々を価値と利益の創出に役立つ資産と見なす科学的アプローチを採用する私たちのやり方は、あらゆる国や社会で機能しています。このアイデアを世界中に広めるチャンスがあることに誇りを感じています。

Q:トヨタ・ウェイが世界中に広まったことについて、本多博士は驚かれると思われますか?

はい、もちろんです。しかし、彼は自身のアイデアの普遍性を最初からわかっていたと思います。本多博士は1930年代と1940年代にさまざまな業界の手助けをし、知識とイノベーションをもたらすだけでなく、それぞれの業界の問題に取り組み、イノベーションを推進させるために能力ある人材を育て、彼らに機会を与えることに貢献しました。目的意識を持ちながら考え、知識を活用できるリーダを育て上げました。

カイゼンの哲学において、これは「人づくり」と呼ばれています。より良い製品とプロセスを提供し続けるために自分の頭で考えられる人間を作り上げるプロセスです。最終的に、私たちに対して価値を生み出すのは人間の知識と創造性であり、その概念は今日の知識を基盤とする時代においても普遍的なものです。

また本多博士は、「すべてにおいて目的意識を持つことが必要である」とも述べており、豊田喜一郎氏のアイデアには常に目的がありました。豊田氏は「世界中のあらゆる道路をトヨタ製の車でいっぱいに」したいと考えていました。彼の使命は明確でした。80年が経過した今、世界の道路の現状を見ると、喜一郎氏のビジョンはある程度実現されました。しかし本多博士と豊田氏は、未だに「まだ十分ではない、もっと必要だ」と言うことでしょう。

Q:酒井氏が関わってきた何年もの間に、リーン・マネジメントの実施方法は変化または進化しましたか?

はい、変わりました。西洋におけるリーン・マネジメントは、トヨタ生産方式(TPS)と継続的な改善というゲンバ(Gemba)の概念に重点を置く傾向があります。しかしトヨタ・ウェイには、市場調査、製品企画、設計、製品開発、調査計画など、ビジネスのその他の側面が含まれています。

日本では、マネジメントシステム全体について教えています。一部の企業はゲンバが必ずしも理想的な状態になるとは限らないことをすぐに理解するでしょう。実際のトヨタ・ウェイには、バリュー・マッピング手法(TPS)と共に設計・開発による価値創造(TPD)が含まれています。製品レベルとサービスレベルの設計および開発は、企業全体のリーン・システムを作るうえで極めて重要です。

Q:キャリアをスタートさせてから現在に至るまでに見てきた中で、最も大きく違うことは何ですか?

私はインターネットが出現し始めた頃に、日本電信電話株式会社(NTT)でキャリアをスタートさせました。当時、NTTには世界のすべての企業の中で最大の市場価値がありました。

NTTが価値と利益を生み出しもたらすためには、トヨタのエンジニアリングシステムを利用して、このインターネット時代に販売するテクノロジー製品を開発する新しい組織を設立すべきであると、私は研究所の所長に提案しました。しかし当時は、私たちがなぜそのようなことをしようとしているのかを理解できる人はいませんでした。

今日、世界中の数多くの新興企業にとって、重量級プロダクトマネジメント(HWPM:Heavyweight Product Management)システムが組織構造のデファクトスタンダードとなっています。HWPMとは、ハーバード・ビジネス・スクールのKim B. Clark教授がトヨタのエンジニアリングシステムを表すために作った用語です。今日、数十年前にNTTに話したことと同じことを前時代的な日本企業に対して未だに説明しています。

ようやく、ゲンバだけでなく、トヨタ自動車株式会社のマネジメントシステムを全面的に導入し、自分たちの組織を改善しようとする企業が出始めてくるようになりました。

Q:他のビジネス改善の手法に比べてリーン・マネジメントが優れている点は何であるとお考えですか?

素晴らしい質問ですね。非常に重要なことです。なぜなら、私は日本企業に害を与えている西洋式のビジネス改善の手法の事例をたくさん見てきたからです。私がトヨタの実際のマネジメントシステムに関する本を書いた理由はそこにあります。

リーン・マネジメントは未だに非常に重要です。あらゆる組織のすべての人が、リーン・マネジメントの考え方とテクニックを学ぶ必要があります。しかし、ビジネススクールで未だに広く教えられている西洋式のビジネス改善の手法は、代わりとなるものを必要としています。TPDを含むトヨタのトータル・マネジメント・システムは、最も有力な候補です。

トヨタのマネジメントシステムは、顧客に対して価値を生み出すプロセスを重視することに基づいており、人と機械の両方が含まれています。たとえば、工場環境の生産機械は、最小限のコストと資産で製品複製プロセスを構築する知識のある、生産技術エンジニアによって設計されています。機械のオペレーターは、割り当てられたプロセスを向上させるためのカイゼンも行います。仕事とは、ただ言われたことをするのではなく、代わりに、可能な限り最良の結果に向けて理想的なプロセスを構築するよう貢献することです。同様の原則はビジネスにおけるあらゆる側面に適用され、時間が経つにつれて、組織は成長するための新しい知識と能力を蓄積します。

この蓄積された組織の知識こそが企業の実資産であるわけですが、財務諸表においてそれが示されることはありません。

トヨタのマネジメントの考えでは、人やプロセスなどの無形資産は実資産と見なされています。焦点は、あらゆるビジネスの3つの重要な無形資産である製品、プロセス、人間の能力に関して組織の知識を蓄積することです。トヨタが成功しているのは、目的に沿った組織的な取り組みを通じて無形資産を作り出しているからです。

Q:リーン・マネジメントが中東に非常に適しているのはなぜですか?

トヨタのマネジメントは、多方面に利用でき、科学的で客観的なものです。人間の創造性と組織の知識の蓄積をも促進し、顧客に対して価値を提供し続けています。このシステムは、あらゆる国、文化において、あらゆる組織に対して適用することができます。

石油産業の富を、今日そして今後何十年にもわたって世界市場で販売する製品やサービス、体験を生み出す人々に投資することで、中東はその立ち位置をさらに強めることができます。知識を基盤とする産業はどこにでも構築できます。トヨタは日本の中心にある最も田舎である地域で、何もないところから始まりました。

Q:リーンの原則をサウジアラビアの状況に適応させる必要がありますか?あるいは、同じ原則をどこにでも適用できるのでしょうか?

サウジアラビアの状況についてはまだよくわかっていないため、現地の人々や文化について学ぶ必要がありますが、トヨタ・ウェイは非常に汎用性が高いということは言えます。アメリカ、中国、韓国、ヨーロッパ、ラテンアメリカのビジネスではすべて、トヨタ・ウェイがうまく採用されています。あらゆる国のあらゆる組織がこういった価値創造の科学を学ぶことを強くお勧めします。

Q:テクノロジーや人工知能のようなものが進歩するにつれて、リーン・マネジメントは過去50年間と同様に今後2030年間にわたって、ビジネスにとって意味のある存在であり続けると思われますか?

どのようなテクノロジーが出てくるかにかかわらず、価値を作り、価値を買うのは人間です。テクノロジーはツールであり、価値を生み出す手段です。トヨタ・ウェイは情報や知識価値の時代において、非常に汎用性が高いといえます。

QFour Principlesの中東における取り組みについてご存知ですか?また、Four Principles Kaizen Awardsの受賞者の質はどれほど励みになりましたか?

Four Principles Kaizen Awardsが大きな成功を収めていますが、Four Principlesと彼らが行っているその活動に非常に感銘を受けています。受賞者はリーン・マネジメントの基礎となる概念をすべて理解していました。今後数年間にわたって、彼らがリーン・マネジメントの旅において、次のレベルに到達するよう共に手助けできることを願っています。