金融サービス業界でテクノロジー駆動型のイノベーションが加速するにつれ、人々の金融商品およびソリューションへのアクセス方法、その活用の仕方、またそれらに対する認識は変わりつつあります。

この10年間で、私たちの金融との関わり方は、テクノロジーによって様変わりしました。商品の支払いにスマートフォンを使うことは、今では当たり前です。オンラインのPOSでボタンをクリックして消費者信用に申し込み、一瞬で結果を得られるということも一般的になってきています。さらに、スマートウォッチでの支払いや、デジタルウォレットからのタクシー代の自動引き落としも可能になりました。企業も消費者も恩恵を受ける、このような電子化による利便性が普及するにつれ、「フィンテック(FinTech)」という新たな言葉まで生まれました。この言葉はすでに一般的なビジネス用語となっています。

変化のスピードは飛躍的です。ほんの数年前には「未来的」と思われていたもの、例えばオンラインバンキングは、すでに新たなテクノロジーであるモバイルバンキングに取って代わられています。2020年10月、英国のVirgin Moneyは、2021年1月にオンラインポータルを閉鎖し、クレジットカードの全顧客200万人をモバイルバンキングのみに移行させる計画を発表しました。[1]

米国では、2020年4月上旬にモバイルバンキングの新規登録が200%増加、同時にモバイルバンキングの取引量は85%増加しました。[2]この急増の一因はパンデミックにあるかもしれません。しかし、こうした行動上の変化は、この難局を乗り越えた後も元に戻ることはないでしょう。

同様に、保険業界ではいわゆる「インシュアテック(InsurTech)」によるイノベーションが進んでいます。リスクフリーのアンダーライティング、即時購入、AI主導の請求処理をはじめとする技術革新を通じて、カスタマージャーニーはこれまでになく迅速かつ簡便、また効率的なものになり、カスタマー・エクスペリエンスが再定義されています。一方、自動車セクターでは、車内決済システムの開発を目指し、OEMが新たなパートナーシップを構築しています。このシステムが実現すれば、ガソリンや軽食の支払い、さらにはホテルの予約まで、ドライバーが車内で直接行えるようになります。[3]

AppleやGoogle、Facebook、PayPal、Microsoft、Amazonといったビッグテック企業は、すでにこの分野で積極的に事業を進めています。彼らはマス・パーソナライゼーションのユーザー・エクスペリエンスに関するエキスパートです。何十億人というユーザー、アプリストア、デジタルウォレット、モバイルフォンと日常的に深く関わっており、これは従来の金融サービス事業者には考えられなかったことです。

そうした状況において、既存の銀行にとっても新興フィンテック企業にとっても、金融サービス業界におけるビッグテックの影響は大きな懸念材料となっています。彼らは、ほとんどの市場でユーザーインターフェースを効果的に制御し、アプリやデバイスで収集された膨大な個人データのリポジトリを得ることで、他とは比べものにならない競争優位性を築いています。

では、こうした変化は金融サービス市場にとってどんな意味があるのでしょうか? この状況下で、新興のフィンテック企業が独自の道を切り拓く余地はあるのか、それともビッグテックとの協働のみが彼らに残された唯一の選択肢なのでしょうか?

金融サービスにおけるデジタルトランスフォーメーション、そしてそれが消費者と事業者の両者に対して持つ意味について、Abdul Latif Jameel Financeの金融サービス担当最高責任者を務めるニルファー・ギュンハンに話を聞きました。

Nilüfer Günhan
ニルファー・ギュンハン、金融サービス担当最高責任者、
Abdul Latif Jameel Finance

今後数年間で、消費者金融サービス業界にどのような変化があると予想していますか?

金融サービス業界では、AIや機械学習、ブロックチェーン、5GやIoTなど、急速に進化を遂げる実現技術に支えられ、次なる大変革が始まったところです。変化のスピードは加速しています。消費者にとっては、貸付け、支払い、資産管理、保険といったサービスが、完全にシームレスに消費者生活に溶け込むでしょう。人々は選択の幅よりも利便性を重視するようになり、自分が望むその瞬間に必要を満たしてくれる商品やソリューションが選ばれるようになるでしょう。人々が、ある特定のブランドにこだわるようになるとは思いません。カスタマージャーニーの中で、自分が求めるその瞬間に差し出されるソリューションに心を動かされるようになるでしょう。

これらの変化は、金融サービス事業者にとって何を意味しますか?

銀行や金融会社、保険会社は、フィンテックやインシュアテックがすでに実現させているように、自社サービスを他のエコシステムに組み込むことに力を入れるでしょう。金融・保険事業者の数はeコマースサイトや比較サイトといった特定のエコシステムで増えているため、事業者が最適なデータアナリティクスと予測能力を備え、適切なタイミングで適切な消費者に確実にソリューションを提供できれば、消費者の信頼を得られるでしょう。

こうした新しいテクノロジーによって、統合されたエクスペリエンスの可能性が広がるでしょう。ただし、シームレスなデジタル・ユーザーエクスペリエンスの裏では、商品・サービス事業者の間で熾烈な競争が繰り広げられるでしょう。ここではパーソナライゼーションが主な強みとなります。

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ビッグテックの寡占状態は、銀行・金融セクターのデジタル化にどのような影響がありますか?

ビッグテック企業は、業者とエンドユーザーを誰よりもよく理解しています。広大な消費者基盤、膨大なデータリポジトリとシステムを有し、これまで以上に細やかに市場の動向を把握することができます。

私たちが消費者として彼らのサービスを利用するのは、利便性の高いオンラインエクスペリエンスが得られるからです。私たちは、プロセスが長すぎたり、過剰な情報提供を求められていると感じると、オンラインでのプロセスをやめてしまいがちです。その一方で、ビッグテックを利用するときにはストレスを感じません。というのも、自分の情報がすでに保存されているので、繰り返し情報を求められたり好みを尋ねられたりしないからです。強力なグローバルブランドであるビッグテックには、知名度が高いという優位性があります。消費者側でもビッグテックに対して、ある程度の信頼感を持っています。というのも、ビッグテックはデジタル分野においての経験が比較的長く、私たちは生活の他の場面で使い慣れているからです。

そのため、銀行や金融サービス会社が、ビッグテックが提供するカスタマー・エクスペリエンスの一部となる動きが加速すると考えられます。そのような例は、いくつかの国においてすでに見られます。例えば、中小企業融資の主要経路をAmazonに移している銀行があります。また、Google Payは消費者に銀行サービスを提供するために銀行とパートナーシップを締結しています。銀行・金融セクターとビッグテックの間では今後、「競争」ではなく「協力」の関係が増えていくでしょう。

これは既存の事業者にどのような影響を与えますか?

銀行・金融サービス事業者には、自らの将来について再考し、再定義を行わなければならないとの認識があります。彼らは過去10年以上にわたり、フィンテックやデジタルバンクの脅威にさらされてきました。当初、多くの銀行がこの手強い相手と競争しようとしていました。しかし今日では、ペイメント・フィンテックなどの「ディスラプター」を積極的に自らの顧客手続きのプロセスに迎え入れるか、彼らと効果的に競争できそうなコアビジネスに注力するかのいずれかの選択をしています。

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この状況下、小規模事業者はどのように対抗できるでしょうか?

キャプティブレンダーや保険代理店が、銀行と同様の困難に直面しています。ビッグテックが私たちの日常生活に深く入り込んできているため、この困難はさらに厳しいものになっています。生き残れるかどうかは、顧客データを効果的に活用し、カスタマージャーニーを継続的にデジタル化し、スタンドアロンのサービス提供にこだわらずに他のエコシステムに統合できるかどうかにかかっています。

事業者間の競争は激しくなるものの、完全に水面下で行われるでしょう。多くの分野で、関連サービスをまとめて提供するオンラインのマーケットプレイスが戦いの場になるでしょう。例えば、個々人の基準に基づいて最適な保険会社を提示する比較サイトや、ユーザーを融資事業者や自動車保険事業者に直接つなげる自動車サイトなどが挙げられます。ビッグテックはすでにこうしたエコシステムで優位に立っているため、小規模事業者が生き残る最良の方法の1つは、ビッグテックと提携し、そのエコシステムに自社のソリューションが組み込まれるようにすることです。

相互のつながりが強まる市場において、スタートアップや起業家は生き残ることができるでしょうか?

A.フィンテック分野でスタートアップとして汎用サービスを提供する場合、ビッグテックがすでに同種の事業を行っているのであれば、独立したビジネスとして長期的な成功につなげるのは非常に難しいでしょう。どんなにうまくやっても、ビッグテックに模倣されて潰されるか、技術を買収されてそれを処分されたり取り上げられたりする可能性が高いと言えます。むしろ、ビッグテックと競合するのではなく、そのエコシステムに参画するイノベーターが増えています。

小規模なフィンテックが成功するための戦略は?

スタートアップの命綱は、商品やサービスのユニークさです。私が思うには、新興のスタートアップ企業は、消費者の新たな問題を解決する方向に行くか、まったく新しいニッチなサービスを提供する必要があります。

誰もが抱える共通の問題を見つけて解決することは、長く生き残るための最良の武器となります。カスタマージャーニーにおいて、ビッグテックが容易に模倣できない(もしくは既存のシステムに統合できない)賢いソリューションと差別化を提供できれば、長期にわたって存続し、ビジネスを成長させていくチャンスが高まります。同時に、ビッグテックのエコシステムとのある程度の協働や統合も必要です。それが、長期的に成長を続ける唯一の現実的な道だからです。

金融サービスセクターにおけるAbdul Latif Jameelの実績はどのようなものですか?

私たちは、当社の金融サービス事業は、個々人や企業の活性化を促すことによって、MENAT(中東、北アフリカ、トルコ)地域やその他の地域の人材とインフラに投資する方法であると考えています。40年以上前、私たちは、人々が車を買うための自動車ファイナンスのパイオニアとしてサウジアラビアで創業しました。

それ以降、中東地域における最大規模のオートリースおよびファイナンス事業者として成長を続けてきました。現在は、サウジアラビアに加えて、エジプトとトルコでも事業を展開し、この3地域で約200万台の自動車に融資を行いました。また、融資事業を拡大し、Abdul Latif Jameel Finance傘下で、自動車だけでなく、消費者向け製品、産業機械、不動産、また自動車保険商品への融資も提供しています。

サウジアラビアですでに展開している保険ブローカー業務をトルコとエジプトでも展開する計画であり、保険のアドバイスや商品の幅も充実させていきます。そのために、ロイズと提携するJENOAという再保険ブローカーをロンドンで立ち上げました。これにより、MENAT地域とロイズ・オブ・ロンドンの再保険ビジネスとを結びつけ、高まる顧客のニーズを満たす保険商品を開発・提供できるようになります。

Abdul Latif Jameel Financeでは、イノベーションをどのように推進していますか?

消費者金融会社として、私たちは常に革新的でなければなりません。というのも、ずっと規模が大きく強力な銀行と競合することになるからです。彼らと同じようにリソースやシステムを活用できるわけではありません。ですから、私たちはカスタマーサービスで彼らを凌駕しなければなりません。そのために、ビジネスモデルとサービスの提供方法において変革を続けています。迅速で、顧客の利便性を考えた、個人向けのサービスが必要なのです。

Abdul Latif Jameel Financeは、中東地域で最も先進的なデジタル対応のリスク管理と収集システムの開発に力を注いでいます。トルコはMENAT(中東、北アフリカ、トルコ)地域で最も高度な自動車及び消費者金融市場です。そのトルコで私たちは、申請から契約までの全過程を包括する、自動車ファイナンス向けのデジタルプロセスを開発しました。これにより、消費者はすべての手続きを携帯電話のアプリで行えるようになりました。これが、Abdul Latif Jameel Financeが、ベスト・モバイルアプリ、ベスト自動化信用管理システム、ベスト自動車ファイナンス企業など、数々の賞をトルコで受賞した理由の1つです。

今、私たちが目指すのは、この経験とノウハウを生かし、他の金融市場や地域でさらなる事業を展開していくことです。エジプトではすでに自動車ファイナンスを提供していますが、自動車の他にも、消費者向け製品のファイナンスを提供すべく、消費者金融のライセンスを取得しました。Abdul Latif Jameelブランドの強みを生かすために、事業のリブランディングを行い、目的の達成に必要なデジタルシステムへの投資を行っています。トルコとサウジアラビアの市場は、技術的に高度化しています。この地域で私たちが優先するのは、データ管理と高度なアナリティクス機能を構築し、顧客と強力でパーソナライズされた関係を築くことによって、そのニーズに応えていくことです。

最後になりますが、金融サービス事業の未来はデータとテクノロジーにかかっています。この両者を統合することで、可能な限りスムーズかつ効率的に、適切なタイミングで、適切な人に適切な商品を届けることが可能になります。これが、来たるべき未来のために私たちが投資を集中させている分野です。ベストモデルの構築と正しい戦略が、私たちを未来へと導いていくのです。

[1] Two million Virgin Money credit card holders forced to app banking – Your Money

[2] COVID-19 Is Rapidly Reshaping Consumer Banking and Payments Behaviors, New FIS Survey Finds | FIS (fisglobal.com)

[3] Automakers expand connected car ecosystem with payment technologies | Mobile Payments Today